私・貫井 正は昨年9月1日~9月9日の間、中国駐大阪総領事館の広報アドバイザーとして、新疆ツアー第二陣(中国駐大阪総領事館主催)に参加することが出来た。旅の初日は午前10時、関西国際空港から中国東方航空で上海に向け出発。上海から国内線に乗り継いで新疆の区都・ウルムチに着いたのは、現地時間9月1日夜8時40分であった(日本との時差は約3時間)。機内の小窓に顔の額をつけて外に目をやると、空港の広さ、居並ぶ航空機、遥かに広がる山々など周囲が次第にはっきり見えてきた。
私はかつて中国の首都・北京で留学及び各地の大学で12年以上、教職員として働いた経験がある。とは言え、これまで中国の西の果て、新疆へは一度も訪れたことがなく、観光に関する情報があまりに少ないこともあり、私の中の新疆は遥かに遠い地域にあった。
今回のツアーは主に新疆南側のルートを巡る南疆のコースである。中国の四大古典名著の一つ、西遊記で有名な三蔵法師(玄奘三蔵)も訪れた世界遺産「高昌古城」、亀茲国(キジコク)最大の寺院・キジル千仏洞、亀茲仏教の中心地・スバシ古城など、仏教に関する史跡巡りが主たる見学の地で、人類の文明や歴史を直に感じさせる名勝史跡に多く触れる旅になった。
到着後2日目、9月3日の朝、新疆・ウルムチ市内に宿泊した海徳酒店(ホテル)から徒歩1分足らずのところに広い公園があった。他のツアーメンバーとともに、その公園に行くと、海外からの旅行者の知り得る人々の暮らしの一端が垣間に見て取れた。彼らは太極拳やダンス、スポーツ、サイクリングなどに興じていた。公園の中央には「中国人民解放軍進軍新疆記念」という高く立派な碑がどっしりと鎮座しており、記念撮影をしている人もいる。いずれも新疆市民の豊かな暮らしぶりを伝えているが、それだけでなく、周辺地域の人々の身近な観光地のように思えた。
新疆の特色の一つに、ウイグル人たちの踊り好きがある。9月4日の昼食の時には、吐魯蕃(以下、トルファン)のレストランで綺麗な若いウイグル族の女性が民族衣装を身に纏い、一般の日本人が見たことがないような体の動きで、興味深い踊りを披露してくれた。
新疆ウイグル人には男女それぞれの踊り方があるそうだが、男女の割合で言えば、やはり女性の踊り手が圧倒的に多かった。一方、民族楽器の演奏では男女の割合が逆になる。賑やかなことを好む人々だけに、彼らの結婚式などでは、ウイグルの踊りは欠かせない存在だという。
私は日本や欧米のメディアが時々取り上げる中国政府のウイグル族に対する人権侵害や強制労働などの実態を確認したい、ということも秘かに考えていた。9月6日。新疆・庫車(クチャ)から約260キロ離れた中国の綿花の産地として知られたアクスにある紡績工場・華孚(かふ)を見学した。人権問題を理由とする米国の経済制裁などによって、日本の大手アパレル企業・ユニクロが撤退を余儀なくされた工場である。同社の夏乃君工場長によると、新疆では最大規模を誇る紡績工場で従業員は約5200人。大部分がウイグル族などの少数民族だという。
同工場長は「ここでは強制労働は一切ありません」と明言した。すでに米国の制裁によって同工場の経営方針の転換が迫られ、国内向け生産は80%、20%が東南アジア向けに輸出されている。ウイグル族の強制労働問題では、米国政府はいまも中国に対し根拠のない批判を強めている。その辺りの理由は近年米国の国際間の駆け引き、台頭が著しい中国憎しの思いなど複雑に交じり合っている。一方的に中国のイメージを貶め、さらには一部の国内企業に経済損失を与えるこうした問題は、日本や欧米のメディア報道を含め政治的なデマであるといえるだろう。
新疆ウイグル自治区の総人口は2585万人で、人口比率は当然ながらウイグル族が一番多く(45%)、次に漢族(42%)。そのほかは45の民族で構成されているという(2020年、自治区の国勢調査)。新疆の観光地や高速道路、公共場所など案内板にはすべて漢語とウイグル語の両語が併記されており、新疆の呼び名「ウイグル自治区」には、中国政府のウイグル族への尊重の念の証と見ることも出来よう。
新疆は中国国土の一部(中国面積の約6分の一)で日本の約4.5倍という広大な面積を占める。そこで暮らす人々の顔つきだけでなく、彼らの料理、即ち、羊肉の串刺し、トマト、ポテト、タマネギ、ピーマン、ニンジン、メン(伝統的なものにラグメン、拉条子ラーテイアオズ=漢語)、ナン(インドやネパールと違い硬い)などを中心にしたものには西洋風が感じられ、彼らのライフスタイルは漢族のそれとは明らかに異なっていた。特に新疆最西端のオアシス都市・カシュガルには西洋風の異国情緒に溢れていた。
ツアー最終日の夕食は民族風レストランでは、ウイグル族の結婚式が行われていた。そこに居合わせた子どもたちは私たちが日本人だと知ると、笑顔を振り撒きながら寄ってきて、一人一人に飴を手渡し、写真撮影に気さくに応じてくれた。新疆の人はみな、空港(ウルムチ、カシュガル)でも観光地でも親切で友好的という印象である。
今回、観光の中で、大変興味深く、最も驚かせたことは中国国内最大の風力発電実験地と言えるほどの出現であった。中国はいま、風力エネルギーによって低炭素化への転換やエネルギー不足の解消を進めているとされるが、陸上の風力発電は我々日本人には大規模な自然エネルギー政策を思わせる。
9月3日、ウルムチの市街地を出てからトルファンへ大型観光バスで180Km(東京ー大阪間の半分程度の距離)ほど移動した。世界有数の盆地と言われるトルファンへ行ったときのこと。観光バスが国道に入り、ウルムチとトルファンを結ぶ広い道路をひたすら真っ直ぐ走る。両側の車窓から見えるのは延々と続く山々の自然風景であり、観光バスで大地を駆け抜けて行く。まるで米国の有名なハリウッド映画のハイウェイのシーンと重なっていた。日本の国土のスケールからは感じ取れない、中国と米国二つの大陸の共通点を見た気がした。
バスの両側の車窓から見る天山山脈の切れ目から突然、大量の風力発電機が現れてきた。この辺りは、中国で最も海抜の低いトルファン盆地である。海抜の高い天山山脈から広大な盆地に年間を通じて強い風が吹き曝しとなり、風力発電の利用にとって、めったにない地の利を得ているように思われる。
中国の新疆で風力発電の導入が始まったのは、1980年代以降だという。この地に派遣されているデンマークやオランダ人ら欧州のエンジニアたちは、風力発電に関する高い技術やノウハウを持っているという。一方、新疆の地形は風力発電の活用に適した土地が多く、強い風が吹くなど資源に恵まれている。当初の実験的な風力発電の運行効率もよかったことから、風力発電の設置から徐々に拡大し、新疆の各地へと広まっていったそうである。
我々を乗せた観光バスは国道上を時速80Kmで走り続けた。50Km以上走った道路の両端には、約百メートル間隔で風力発電が設置されていた。我々が今回の旅で出会ったものの中で最も驚異的だったのは、これら新疆・トルファンの風力発電ではないだろうか。中国のメディアCCTV(中国中央電視台)4チャンネルのYouTube報道(9月25日付)によると、すでに数万本以上の風力発電(建設中のものを含む)が存在するという。 延々と続くそのスケールには新疆ツアーのメンバーの誰もが、唖然とした表情を見せていた。
日本の洋上風力発電も欧米を初めとする諸国に知られる存在になり始めているが、トルファンの風力発電には、日本人の誰もが度肝を抜かれるに違いない。現在の新疆は本当の姿のほとんどが神秘なベールの向こう側にある。まさに「百聞は一見に如(し)かず」。古来、日中両国で使われてきた諺がしばしば浮かんで来るツアーであった。
中国駐大阪総領事館広報アドバイザー、中国社会科学院文学博士
貫井 正(ぬくい・ただし)