2026年5月29日から6月4日まで、第38回全日中展東京書画芸術大展が東京都美術館で開催された。全日中展は長年にわたり日中芸術交流の重要な場として機能し、書道や水墨画を中心とする東アジアの伝統的な芸術文化を支えてきた。しかし今日、現代美術を取り巻く環境は大きく変化している。絵画、写真、インスタレーション、映像、デジタル技術の境界は曖昧になり、芸術家はもはや特定のメディアによって自身を定義しなくなった。

そのような状況の中で、李栄南キュレーターによる国際現代美術展《Constructing Vision》は、本展における重要な現代美術セクションとして位置づけられた。本展の特徴は、新しい表現媒体を導入したことではなく、「芸術とは何か」という問いから、「見ることはいかに成立するのか」という問いへと視点を移した点にある。

この問題意識は近年の国際的な芸術理論とも深く結びついている。ジョン・バーガー以降、視覚経験は自然なものではなく社会的に構築されたものとして理解されるようになった。さらに視覚文化研究の発展によって、イメージは現実を映し出すだけでなく、現実そのものを形成する要素として考えられている。人工知能やデジタル・プラットフォームが日常生活を支配する現在、私たちは単に世界を見ているのではなく、多様な視覚システムを通じて世界を理解しているのである。

本展には二十数名の作家が参加しているが、共通するのは特定の様式ではなく、「見ること」そのものへの問いである。その中でも、金賞を受賞した呉明澤の《Spring Tide Map》、優秀賞を受賞した盛遠歌の《Tetris Skyline 2》、袁願力の《The Host Body I – Suppression (Healing)》は、本展のテーマを象徴する作品として注目された。
呉明澤の《Spring Tide Map》は、抽象絵画と地図、あるいは自然地形のあいだを漂うような作品である。潮流や地形を思わせる要素は存在するが、それらは特定の場所を示すものではない。画面上の線や色彩の層は絶えず生成と崩壊を繰り返し、鑑賞者を不安定な空間認識へと導く。ここで示されるのは風景そのものではなく、移動と越境が常態化した現代社会において、主体がどのように自身の位置を見出そうとするのかという認識の問題である。作品は流動化する世界の中で生きる人々の心理的地図として機能している。

一方、《Tetris Skyline 2》で盛遠歌は都市空間の視覚構造に注目する。建築を背景に持つ作家は、都市のスカイラインを切断し再構成することで、建築をロシアのゲーム「テトリス」のブロックのような単位へと変換している。今日、都市は地図アプリやドローン映像、SNSなどを通して情報化され、分割・再構築可能なデータとして経験される。作品は都市そのものを描くのではなく、都市がどのように視覚システムによって再編成されるのかを示している。ここで写真は記録媒体ではなく、現実を再構成する装置として機能しているのである。

袁願力の《The Host Body I – Suppression (Healing)》は、視線を身体へと向ける作品である。アクリル、麻縄、繊維、紙、釘など多様な素材が用いられ、絡み合い、引き裂かれ、縫合されることで複雑な表面を形成している。身体は直接描かれないが、素材同士の関係性によって常に想起される。拘束と解放、傷と治癒は対立するものではなく、一つの構造の中で共存している。作品は身体を固定的な存在ではなく、外部の経験を受け入れ続ける開かれたシステムとして捉えている。
これら三作品は異なる表現手法を用いながらも、共通して「見ることは現実を受け取る行為ではなく、現実を構築する行為である」という視点を共有している。空間、都市、身体という異なるテーマを扱いながらも、いずれも現代社会における認識の仕組みを可視化しようとしているのである。
《Constructing Vision》の意義は、優れた作品を紹介したことだけにあるのではない。本展は、伝統的な書画展の枠組みの中に現代美術の視点を導入し、東アジアの芸術がメディア中心の分類から認識や経験をめぐる議論へと移行していることを示した。今日の芸術にとって重要なのは「何を描くか」だけではなく、「私たちはどのように世界を見るのか」という問いである。《Constructing Vision》は、その根源的な問いを改めて提示した展覧会であった。